社長ブログ

社長、海を渡る<インドネシア編>

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。NHKの朝ドラに、AKB卒業生の まゆゆ登場。眼鏡姿も似合ってますね。秋元康プロデュースの姉妹グループ、結成から8年目のJKT48も、インドネシアで大人気。2019年は、いよいよオリジナル楽曲制作なんて話も、有るみたいです。今回は、人口2.7億人を抱え、多くの日本企業からも注目のマーケット、インドネシアのお話です。

それは、1994年4月に私が入社するより ずっと前、シンガポールから届いた、一通のメールから始まったそうです。”e-mail” ではありませんよ、”airmail” の時代です。曰く、「弊社製品が欲しい」と。東南アジア諸国では、日本の中古機械を輸入して再利用するのは、昔から珍しい事ではありません。幾つかの消耗パーツについては、日本から取り寄せなければ手に入らず、我々の製品もその1つだった訳ですね。加えて、そのシンガポールの会社と言うのが、実はインドネシアに本拠を構え、東南アジアで手広く商売をなさっている、華人企業グループの1社だったものですから、当初、スポット案件と考えていた私たちの予想に反し、東南アジアの経済発展と共に、取り引きも急速に拡大。現地の需要を満たす為の、大型の物流倉庫には豊富な品揃えと、私たちのビジネスのグローバル化を語る上では、欠かせないパートナーとなりました。棚から牡丹餅。毎度ながら、ラッキーとしか言いようが有りません(笑)。私がインドネシアにお伺いしたのは、2011年12月ですから、JKT48第1期生お披露目の、ちょっと後。日系小売業の本格参入は、イオンモールの出店が2015年5月なので、もうしばらく先の話です。前年の8月に、グループの創業社長が亡くなり、現社長が名実共に、グループの中心として指揮を執り始めたご多忙の中、貴重な時間を割いて貰いました。

首都ジャカルタの朝はとにかく早くて、何処からともなく、大音量のコーランの斉唱が流れて来るのは、まだ辺りも暗く太陽の昇る前。早朝の礼拝により、世界最大のイスラム国家の、1日がスタートします。日中、高層ビルとスラムが混在する市街地では、私たちの車が赤信号で停まる度、ストリートチルドレンが物乞いに。或る者はガラス越しに花を売り、また、或る者は車の窓を勝手に磨き始めます。学校に行けないのか、行かないのか、それは分かりません。占有率95%以上と、インドネシアも日本車天国。中でも異彩を放っていたのは、東南アジアで高級四駆として依然人気が高い、『三菱パジェロ』。日本向け生産・販売は、2019年8月で終了です。世界最悪と言われる渋滞は、私が伺った当時、まだ、それほどは酷くありませんでしたね。インドの乾燥した大地が黄色いのに対し、インドネシアの土壌は湿り気を含んで、鉄錆のような真っ赤な色。ホテルに戻り、バスタブにお湯を張ってみてれば、Yes、インドネシアの水は、とても綺麗な赤色をしています。こちらも絶対に飲んではいけませんよ(苦笑)。

2019年1月、そのインドネシアから私の元に、衝撃の写真が届きました。写っていたのは、弊社製品のコピー品。それ自体は、似ても似つかぬ形状でしたが、本物そっくりの銘板が付けられており、実際に製造装置の一部として稼働している写真は、私も初めて拝見しました。東南アジアには、模造品を作る文化がないので、恐らくは中国製と思われます。中国の国内市場で、偽物が出回っているのは、既に承知していましたが、いよいよインドネシアに輸出されるに至り、我々も対策を迫られているところです。とは言っても、皆さんご承知の通り、有効な手段はなかなか見つからないというのが、現実のところで、私たちのブランドが、アジア市場で一定の評価を頂いている『証し』と捉えたほうが、良いのかも知れませんね(苦笑)。

『社長、海を渡る』シリーズも、いよいよ次で最終回。中国に向かいますので、お楽しみに。

 

社長、海を渡る<ベトナム編>

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。女子W杯サッカー フランス大会が始まりました。2011年に大会制覇、続く2015年も準優勝の『なでしこJAPAN』、Dグループ初戦の相手はアルゼンチンです。今夜、日本時間の6月11日(火)午前1時、キックオフ。熱い戦いを期待しましょう。

さて、日本人の社会マナーや環境意識、その向上の切っ掛けになったのは、1964年の東京五輪招致と言われています。目覚ましい経済発展を遂げ、BRICSと呼ばれた、ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカの5ヶ国中、五輪やW杯サッカー等、メジャーなスポーツイベントを開催していないのは、残すところ、インドのみとなりました。東京の次、手を挙げる意志は有ったようなのですが、IOCから時期尚早との判断。私も分かる気がします。インド編で取り上げた、デリー郊外で鋳造・鍛造工場を営む、経営一族の皆さん、2回のインド訪問と日米で1回ずつ、都合4回お会いして、悪い方々でないことは理解しましたが、仕事となると話は別。ここでは、私たちの『寛容の精神』が足りなかった、と言っておきましょう。インド式カリー、私にとっては、今なお、ほろ苦い味がします(苦笑)。

その一方で、勤勉な国民性で、我々日本人と相性が良いと言われているのが、ベトナムの皆さん。ベトナム第2の都市ホーチミンに拠点を置く、現地代理店様をご訪問したのは、2013年3月のことです。日本語熱も高く、滞在中は英語一本で通す予定が、「折角の機会だから日本語で」と、『ドラえもん』大好きなベトナム人女性スタッフから、強っての希望。『ポケモン』然り、『ドラゴンボール』『ワンピース』と、日本の漫画・アニメは、世界中どこに行っても大人気です。ベトナムの庶民の足は、四輪でなく、圧倒的に二輪車優勢。バイクの大行進は壮観で、約75%のシェアを持つ『ホンダ』を筆頭に、『ヤマハ』『スズキ』と、現地生産を進める日本勢が、市場をほぼ独占します。一様にヘルメットを着用するのは、やはり国民性なんでしょうか。因みに 南国らしく、お昼はタップリの2時間休憩。会社の就業規則上は、1時間なんだそうですけどね(笑)。

ホーチミン最後の夜は、その代理店主催の、バーベキュー・パーティー。日・独・韓・越、4ヶ国のビジネスピープルが一堂に集い、楽しい一時を過ごさせて頂きました。会場には、大量のビールを冷やすのに、充分な冷蔵庫が無かったようで、ビールジョッキには、次々と氷が投入されて行きます。東南アジア旅行、生水でお腹を壊すのはお約束。これはヤバイと思いつつも、お隣のドイツ人も韓国人も、平気な顔。彼等が『オン・ザ・ロック・ビール』を楽しんでいるのを、目の当たりにし、何故この状況で、ライバル心を燃やす必要があったか、今思い返すと理解不能ですが、「俺のジョッキからは、氷を抜いてくれ」とは、なかなか言い出せないんですよね。お陰様で、帰国から2週間、体調不良に苦しみました。「ベトナム固有の大腸菌が原因で、一回やれば慣れるので、次からは大丈夫。」お医者様は、そうおしゃいますが、大腸菌に関しては、インドよりベトナムの方が『たちが悪い』というのが、私の見解です(笑)。

 

社長、海を渡る<韓国編>

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。毎年640万トンもの食材が廃棄され、大きな社会問題となる中、『食品ロス削減推進法』が成立しました。大手コンビニチェーンも、ようやく対策に乗り出して、期限の迫った食料品を購入した際、数パーセントのポイント還元を検討中とのこと。消費税増税を10月に控え、私たち消費者にとっても朗報となりそうです。

さて、大学卒業以来、ガラケーを持つことにすら拒絶反応を示していた私が、周囲の反対を押し切り、いきなりスマホを購入する切っ掛けになったのが、2010年4月。初めて訪れた韓国で、若者たちが  iPhone を持ち歩く姿に、衝撃を受けたんです( Galaxy の韓国発売開始は、2010年6月)。但し、マイナー志向の私が手にしたのは、ソニーエリクソンの初代 Xperia 。そのデザインは今見ても超クールですが、当時、携帯ショップには、 Android に関する知識を持つ人が、誰一人おらず、メールの送受信等の初期設定は、全て自分で何とかするという条件で、スマホを買ったのを覚えています。韓国に2回目にお伺いしたのは、2018年10月ですから、結構、最近のことですね。私の Xperia も4台目を数え、ディスプレイも液晶から有機ELに。バッテリーの持ち時間・通信速度も、大幅に向上しました。来るべき5Gの時代って、どんなものになるのでしょうか。

これからするのは、日本語が上手な韓国人のL社長と、昨年秋に、釜山の美味しいお店に行った時のお話。前夜、日本では食べられないような、本格的な韓国料理をご馳走になったので、今日はそのお返しがしたいと、紹介してもらった店が、ホテルからは少し離れた、釜山の繁華街のマグロ料理店。ビールで乾杯の後は、L社長ご持参のマッコリを賞味。日本では珍しいですが、韓国や台湾では、お酒の持ち込みOKのお店も多いんです。で、お目当てのマグロ料理はというと、3種類のコースがあって、「折角だから、一番高いやつを注文しよう」と私が言うと、L社長が止めるんです。「いや、二番目で充分ですよ」と、日本暮らしの長いL社長が、これぞ日本の礼儀とばかりに、変に気を遣います。「いやいや、2日間もお世話になったんだから、気にするな」と、仲良くなったら気を遣わない、韓流スタイルで私も応酬。結局、私が押し切って、一番高いコースを選択したのですが、それが悲劇の始まりでした。

インスタはやりませんが、SNS映えするかなと、料理が運ばれる度に、自慢の新型 Xperia で写真撮影。舌鼓を打ちながら、1枚、2枚、3枚、4枚。美酒を堪能しながら、5枚、6枚、7枚、8枚… と、果てしなく続くコース料理に、大食漢の私のお腹も流石に限界。酔いも回って、大トロ・中トロにマグロの目玉、テーブルを埋め尽くす、数々の美味珍味も撮影中断。『生もの』だけに、ドギーバッグもお願い出来ず、結局、貴重な『海洋資源』が、大量の『フードロス』と消えました。和食の場合、『松・竹・梅』 或いは『並・上・特上』と有るように、コースのお値段が上がれば、提供される食材が、更にグレードアップすると想像した訳です。それが間違い。価格を上乗せした分、料理の品数が増えると考えるのが、世界標準。食べ切れない程の料理こそ、最上級の『おもてなし』なんです。勿体ないとは思いましたが、日韓友好に一役買った訳ですから、今回限りはお許し頂きたい。

 

社長、海を渡る<インド編③>

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。2002年に多摩川に現れ、人気者となったアザラシの『タマちゃん』、2003年以降、埼玉と東京の県境を流れる荒川にも、姿を見せるようになりました。1970年代の私がまだ子供だった頃、魚も住めないくらい汚かった荒川が、随分ときれいになったもんだと、感心したのを思い出します。東京・埼玉・千葉・神奈川の一都三県が、ディーゼル規制に乗り出したのも、丁度 その頃。以降、黒煙をまき散らすトラックを見ることは、殆どなくなりましたね。令和元年、時代の要請に応え、私の乗る社長車も、いよいよ環境対応車に。納車日は目の前です。

さて、2013年12月、私は再びデリーを訪れました。12月のデリーは、朝方、予想以上に冷え込んで、外気温は10度以下。ジャケットの上にもう一枚、羽織れるものが欲しい気候です。同じホテルには、日系大手自動車部品メーカーA社から、大勢の日本人スタッフの皆さん。お話をお伺いすると、近くに新しい工場が出来て、新規設備の立ち上げ支援だとか。ロビーから外を覗くと、近くを走る地下鉄レッドライン(この区間は、高架橋の上を走っている)の姿は、深い霧に包まれて見えません。ここ最近は、冬になると毎年こうで、視界の利かない状態に、鉄道のダイヤは乱れ、飛行機の遅延・欠航も続出。自動車の玉突き事故も多発するのだそうです。

霧の名所と言われると、我々の世代は、イギリスの首都ロンドンを思い浮かべますが、『霧のロンドン』も、決してロマンチックなものではなかったようです。いち早く産業革命を成し遂げたイギリスでは、石炭を燃やす際に排出される微粒子による、大気汚染が深刻化。その微粒子を核に、空気中の水蒸気が凝結したものが、ロンドンを覆った濃霧の正体であることが、近年の調査で明らかになって来ました。中でも、1952年12月に発生した『ロンドンスモッグ』の被害は甚大で、呼吸器疾患により、12,000人もの方が命を失ったと言われています。

午後になると、インドの大気汚染も本性を現します。霧は晴れても視界は開けず、6月の青空とは対照的。高濃度のPM2.5は、私たち日本人にとっては、移動中の車内でもマスクが欲しくなる程の、危機的状況です。2017年、インドでは大気汚染により、約124万人もの方々が亡くなったとの報告も。石炭に頼るエネルギー事情、自動車の排気ガス、農家の野焼き、はたまた、ヒンドゥの祭典『ディワリ』のお祝いに使う、花火や爆竹と、汚染に繋がる様々な要因が俎上に載せられながら、有効な対策は、未だに取られていないようです。報道によれば、最も深刻なのは人々の『無関心』。確かに、デリーの街に、マスクを着用しているインドの方を、誰一人、見掛けませんでした。

ところで、これも時代の流れで、受け入れるしかないんでしょうか。次の車の『カーオーディオ』からは、『CDプレイヤー』が無くなります。英語の勉強には、必須アイテムだったんです。何か対策を、講じなければなりません(笑)。

※表現を一部、変更しました。

 

社長、海を渡る<インド編②>

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。Rocky(ロッキー)とMayur(マユール)という愉快な2人組が、インド各地を廻って食レポを行う、NDTVの人気グルメ番組がありました。終盤は、太り過ぎた2人のダイエット企画に替わりましたが、『ヒングリッシュ』を学ぶには、とても良い教材だったと思います。副作用として、英語・米語に耳を適応させるのに、かなり苦労をしましたが(苦笑)。

さて、牛糞を避けて歩くのに一苦労という、事前情報は杞憂に終わります。インドが結構な車社会であることは、前回お話しした通りで、首都デリーから延びる幹線道路は道幅も広く、晴天の下、コンサル会社の用意したインド車、マヒンドラマヒンドラでの移動は快適。車窓から覗く景色は、西部劇を思わせるような、黄色く痩せた大地に、雨季の到来を待ちわびる、乾燥地帯独特の植物。そして、歴史を刻んだ、ヒンドゥとムスリムの寺院の数々。アジアとも違う、ヨーロッパとも異なる世界が、そこに在ります。

経済成長著しいインド、工事中の建物を あちこちに見掛けましたが、その建築工事の進め方は、とにかく斬新。地震の多い日本では、基礎工事からスタートして、建物は上に上に伸びていくのが当たり前ですが、インドではビックリ、どうやら工事は、横に横に進んでいくようなんです。例えば、平屋建てのレストランを新築するとしましょう。建物の南半分に屋根を載せ、外壁まで完成したら、残りの北半分の基礎工事を始めるといった具合です。合理的と言えば合理的で、お金が足りなければ、そのまま北側を壁で埋めてしまうことも可能ですし、予算に余裕が出れば、基礎部分を継ぎ足して、床面積を増やしても良い訳です。それにしても、その光景が余りにもユニーク過ぎて、我々日本人の目には、何かの弾みで倒壊して、野晒しのまま放置された、廃墟か何かにしか見えないんですよね(苦笑)。

道路脇の小高い丘から、夏の青空に向かって、白い湯気のようなものが立ち上るのが見えたので、スタッフに尋ねてみると、丘ではなくゴミの山との説明。インドには、ゴミを焼却処分するという習慣がなかったようで、埋立処分場に集められたゴミが、堆く積み上げられ蓄熱して自然発火、悪臭を放ちながら煙を上げ、くすぶり続けているようなのです。インドの環境汚染は、ゴミ問題に留まりません。水質汚染も然り。私の訪れた6月のインド、日中の気温は40度を遥かに超え、マメな水分補給は欠かせません。しかしながら、ホテルのバスタブにお湯を10cmも張ってみれば、蛇口をひねって出る水を、絶対に口に含んではいけない理由が分かります。素敵に黄色いですから(苦笑)。

滞在中、天候に恵まれたのは良いのですが、スーツにワイシャツ、身に着けた全ての衣服は埃塗れに。独特の臭いを吸着しますので、日本に戻ったらクリーニングは必須です。翌年の2013年12月、再びインドを訪れた私は、その汚れ・臭いの原因が単なる砂埃ではないと知り、インドの抱える問題の深刻さに愕然とします。続きは次回。

 

社長、海を渡る<インド編①>

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。痛ましい交通事故が、後を絶ちません。明日、5月11日(土)から、『春の全国交通安全運動』が始まるのに先立ち、多くの従業員を雇用し、社用車にて利益を得る『使用者・事業主』として、そして『ドライバー』の一人として、尊い生命を守る為に何をすべきか、しっかりと再確認したいと思います。

さて、話は変わります。私が英語の勉強を始めた頃、世界の注目を集めていたのは、リーマン危機後の四兆元の経済対策で、『世界経済の救世主』とまで持て囃された 中国でしたが、へそ曲がりの私が夢中になっていたのは、『ヒングリッシュ』、訛りの強い 独特のインド英語の研究でした。平均年齢も若い12億の人口を抱え、更なる発展の期待出来る、インド市場のパイオニアになれたら面白い、との思いが有ったんです。

そんな私が初めてインドを訪れたのは、2012年6月。首都デリーから車で30~45分、クンドリ工業団地の一角にある鍛造・鋳造工場の視察です。私自身がネット上で発見した工場なのですが、日本の某コンサルティング会社が、ツアーをコーディネイトしてくれました。『インドで作ってアメリカで売る』というビジネスモデルで、結果を残していたこの会社、伝統的に製造業が育ちにくいと言われるインドに於いては、非常に珍しい存在で、2014年9月に掲げた “Make in India” を合言葉に、中国に続く『世界の工場』を目指しているインドの、先駆けとも言える企業です。

コンサル会社の現地滞在 日本人スタッフが、インド人ドライバーと共に、空港にお出迎え。街中にクラクションが鳴り響くところは、アジアの新興国共通ですが、国土の広いインドは、想像以上の車社会。四輪車が非常に多く、二輪車は少ない印象でした。2016年現在、四輪車全体の47.4%と、圧倒的なシェアを誇るのが、スズキ自動車のインド法人、『マルチ・スズキ』。インド政府の国民車構想の下、1981年の合弁会社設立以降、積み上げて来た努力の賜物です。インドが面白いのは、三輪車も多い事。黄色と緑色の『オートリキシャ (三輪タクシー)』は有名で、ご存知の方も多いのではないでしょうか?なお、交通事故は、インドに於いても深刻な社会問題で、2017年に交通事故で命を落とされた方は、14万7,913人にも上るそうです。

途中に立ち寄った、巨大ショッピングモールでは、日韓の家電製品バトルが。ちょっと質問してみると、店員の第一声は『貴方、サムスンのマーケティングの人?』(笑)。日本から来たと事情を話すと、色々教えてくれて、40万円前後の液晶TVが、月に4台程度売れ、日韓で 50:50と、比較的 日本贔屓の方が多いのも、インドの特徴です。

不思議の国インドを、一回で語り尽くすことは出来ません。続きは次回。

※一部、補筆しました。

 

社長、海を渡る<アメリカ編③>

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。于時、初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。万葉の古は、お花見と言えば、梅の花だったんですねぇ。私たちの地元 伊奈町にとって、5月は薔薇のシーズン。今年もバラまつりが開催されますので、『令和最初』のお花見は、『バラの町 伊奈町』でお楽しみ下さい。5月中旬以降、見頃を迎えると思いますよ。

さて、アメリカ北東部にある、オハイオ州のクリーブランドと言えば、ゴム・タイヤ産業の中心として、歴史あるアメリカの自動車業界を支えてきた工業都市です。2015年10月に我々が出展した展示会は、我々の得意分野の一つでもある、ゴム・タイヤ製造装置に焦点を当てたもので、地元企業からの多くの集客を見込んでの参加でしたが、結果は散々なものでした。

この時は私に代わり、ベテランの営業管理職を1名派遣、海外営業担当と英語の出来る技術者の、計3名体制の本気モード。出展企業には、日系企業も数社含まれており、英語の出来ない営業部長も、この時ばかりは、にこやかに挨拶回り。ところが、いざ展示会が始まってみると、英語云々の問題ではなかったようで、会期通して閑古鳥が鳴く状態。我々が手にしたのは名刺3枚と、アメリカの展示会では、最低の成果となりました。一体何が悪かったのか?

今思い返すと、中国系装置メーカー等、海外からの出展が多かったことこそが、クリーブランドの皆さんの足を会場から遠のかせた、最大の要因だったのでしょう。実はこのオハイオ州、その約1年後の2016年11月、誰もが想像しなかった、トランプ大統領誕生の震源地となった、『ラストベルト(さびついた工業地帯)』を構成する、代表的な州の一つなんです。中国や日本に、自分達の仕事を奪われたと信じるトランプ支持者の皆さんの、怒りが頂点に達し爆発寸前。そうとは知らず、のこのこと 日本から現れた我々も、『招かれざる客』だったという訳です。

長引く米中貿易戦争が、各方面に影を落としています。この展示会での経験は、もう3年以上前の話ではありますが、”米中協調”の『平成』が終わり、”米中対立”の新時代、『令和』の波乱の幕開けを予感させるには、十分なものでした。

※表現を一部変更しました。

 

 

社長、海を渡る<アメリカ編②>

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。一青窈さんの名曲で、一躍有名になった『ハナミズキ』、『平成』を名残惜しむかのように、白やピンクの花を開き始めました。皆さんは『令和』の幕開けを、どのように迎えるご予定でしょうか?日本で歴史的瞬間に立ち会おうという方、長めのGWを利用して、海外にご旅行されるという方、それぞれでしょう。フロリダ・ディズニーワールドに、遊びに行かれる方がいらしたら、今日の話は、ちょっとだけ参考になるかも知れません。

2015年2月、フロリダ州オーランドの展示会では、タクシーを頻繁に使いましたが、『Uber』のような配車サービスが、流行る理由は分かります。オーランドの運転手、ほとんどは米出身でなく、英語が上手く話せません。タクシーの整備不良も『ざら』で、メーターの故障程度など、珍しい事ではありません。ある時、余りの安全運転にその理由を尋ねると、『エンジンが故障して、スピードが出ない』と、運転手から仰天告白。更に、タクシーを降りる段になって、マフラーが付いていない事実も発覚。一酸化炭素中毒で、殺されるかと思ったくらいです。

この展示会は、実際の商談を獲得した点で、成功例の一つです。お客様から酒の席にも誘われて、一旦会場で別れた後、先方のホテルで落ち合うことに。我々が呼んだタクシー、今度は幸いカーナビ付。運転手が目的地を登録し、準備万端・出発進行。ところがどっこい、車に揺られて30分。待てど暮らせど、目的のホテルに到着せず、運転手も焦りの色が隠せません。どうやら、カーナビに誘導されるまま車が向かっていたのは、同じホテルチェーンの遠く離れた別館だったようなのです。電話を掛けて、宿泊先を再確認。大遅刻の末、お客様と合流することは出来ましたが、タクシー運転手なら地元の土地勘があると考えた、我々が間違いでした。土地勘が無いからこそ、彼にはカーナビが必要だったんです。

英語が得意で、変にサービスの行き届いた運転手も、要注意です。緊張感も解ける帰路のタクシーでは、こんなことが有りました。無事 空港に到着し、気持ち良くクレジットカードを手渡すと、ドライバーの表情が曇ります。カチャカチャ、カチャカチャ、『端末機が壊れていて、カードを読み取れない』と言うんです。現金が欲しくて、この手口を使うドライバーは多いのですが、この時は様子が違いました。フライト時間が近づき、こちらが焦れて来るタイミングを見計らって、『実は予備の端末機があるから、もう一度カードを遣せ』と。これは怪しい。壊れている筈の、最初の端末機を取り上げて、我々が試してみると、案の定、普通にカードを受け付けるじゃないですか。なるほど、あそこで気を許していたら、我々は、スキミングの餌食となっていたという訳ですね。

日本の常識が世界の常識でないことを、改めて痛感させられました展示会でした。

※分かり辛い部分がありましたので、補筆しました。

 

 

社長、海を渡る<アメリカ編①>

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。最近、『深藍(こいあい)』の伝統色を身にまとった、トヨタの新型タクシー車両を、目にすることが増えました。従来の車より室内が広いのが特徴。ハイブリッドシステムで、ガソリンよりも二酸化炭素の排出量が少なく、環境に優しいとされるLPガスを、効率的に燃焼します。国内で消費するLPガスは、長年にわたり、中東諸国からの輸入に依存して来ましたが、ここ数年で、アメリカからの輸入が急増。アメリカ産の占める割合は、 2012年の3%から、2017年には56%まで高まりました。

昔々、人間が火を起こすのに利用していたのは、『薪』や『木炭』でした。18世紀後半になると、工業用燃料として『石炭』が普及。蒸気機関を利用して、イギリスがいち早く『産業革命』を成し遂げました。その後100年以上に渡って、圧倒的な産業競争力を手に入れたイギリスが、その経済力・軍事力で世界を支配します。20世紀に入ると『石油』が『石炭』に変わり、内燃機関(ガソリンエンジン)が発達、モータリゼーションが起こります。いち早く自動車(T型フォード)の量産に成功したアメリカが、自動車産業を中心とした産業競争力を背景に、世界の王座に君臨、その覇権を握り続けました。歴史の転換点には、技術革新が付き物なんです。

2012~2013年頃でしょうか、日本でも注目を集めたイノベーションが、アメリカ発の『シェール革命』です。冒頭にお話ししたLPガスも、この技術革新によって もたらされたもの。天然ガスや石油の新たな掘削技術の革新により、今までは無理だった地下深くの固い岩盤(シェール層)から、天然ガスや石油を低コストで抽出することが出来るようになり、結果、アメリカでは2008年頃から天然ガスや石油の産出量が急増。天然資源の輸入国だったアメリカが、世界有数の石油・天然ガス産出国に生まれ変わり、『グリーン・ニューディール』を推し進めた、バラク・オバマ前米大統領ですら、シェールガス・シェールオイルの開発を、エネルギー政策の中心に据えたくらいです。

私たちが、『シェール革命』の中心地、テキサス州 ヒューストンの展示会に出展したのが、2014年6月のこと。残念ながら、その後の原油価格の暴落により、シェール・ブームは急激に収縮。エボラ出血熱のアメリカ上陸も手伝って、私たちが、それ以上深入りすることはありませんでしたが、シェール関連ビジネスが、今後も有望な分野の一つであることは、間違いなさそうです。近年、電気自動車ばかりに注目が集まりましたが、トヨタのHV関連特許無償提供により、北米でのLPガス自動車の普及が促進されるなんてことも、有り得るかも知れませんね。

アメリカでは その後、フロリダ州のオーランド、オハイオ州のクリーブランドの展示会にも、出展を致しましたので、続きは次回。

※誤りを訂正します。『深藍(ふかあい)』→『深藍(こいあい)』

※誤りを訂正します。『バラク前米大統領』→『バラク・オバマ前米大統領』

 

 

 

社長、海を渡る<台湾編②>

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。新元号の『令和』の読み方、アクセントをどこに置くのかが、ネット上で話題になるなど、日本人の思考回路が 曖昧さを許さない、デジタルな方向に変化したと、つくづく感じます。ちなみに、元号が社名に付く弊社の場合は、どうかと申しますと、短縮して自らを『昭和』と名乗る場合の “ショウワ” は、語頭を強調しますが、フルネームの『㈱昭和技研工業』の場合の “ショウワ” は、平板に読みます。どらかに統一しろと言われても、困るでしょうね(苦笑)。

新元号の発表は、台湾でも注目度が高く、会見の様子は、地元テレビで生中継されたのだそうです。その台湾、2017年6月に再び訪れましたが、5年前の少し物悲しい印象と比べると、街の雰囲気がすっかり変わっていたのには、驚かされました。空港に降り立つと、車で迎えに来てくれた、現地代理店の社長夫妻と、少し遅めの昼食に。通りを走る車の多くが、日本車なのは相変わらずですが、車の『顔つき』が、日本で見慣れたものと違います。向かった有名デパートで、更にビックリ。昼休みの時間はとっくに過ぎているにも拘わらず、レストランは大勢の人・人・人。若者や家族連れも多く、前回の訪問の時とは、全く別の国のような賑わいをみせていたんです。社長さんに聞いても、理由は分からないと言うので、奥様に聞いてみると、『ほら、声の大きさが違うでしょ、中国本土からの観光客よ』と、なるほどの回答が。日本の観光地もそうですけれど、台湾にもまた、中国本土から大勢の観光客がなだれ込んで、街の様子が一変してしまったんですね。

もう一つ大きな変化を感じた点。台湾の食べ物の味が変わり、街の匂いも変わりました。台湾料理を代表するスパイスの『八角』、漢方薬としても知られており、一種独特の香りがします。ほとんど全ての台湾料理に、この『八角』が香辛料として使われていて、一軒食堂があると一帯が『八角』臭くなるくらい、台湾の皆さんは『八角』が大好き。私はちょっと苦手だったんですが、驚いたことに、その『八角』の匂いが、台湾の街から消えて無くなっているんです。後で調べて分かったのが、インフルエンザ治療薬『タミフル』の原料が、『八角』であるという事実。『タミフル』が品薄になる度に、製薬会社が『八角』を買い占めて価格が高騰。それに輪を掛けて、『八角』を料理に使うと、インフルエンザ予防に効くとの噂が、中国本土で広まり、非常に入手困難な状況が続いていたんだとか。

次回は、太平洋を渡ります。お楽しみに。