社長ブログ

大宮っ子の年末年始④

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。1月も中旬を過ぎ、まだ年末年始の話の引っ張るには、理由があって、今年の春節は、2月5日(火)。中国を始め、韓国・台湾、その他、ほとんどの東南アジアの国々が、旧暦のお正月をお祝いし、中国では多くの会社が、2月2日(土)から10日(日)までの9連休の見込み。その影響はここ数年、我々のビジネスにも顕著に現れていて、春節休みの前と後に出荷が集中する等、仕事量が大きく変動。アジア経済圏に組み込まれていることを、ヒシヒシと感じます。

さて、2008年の代表就任の後、ある出入りの業者さんに、『社長は運が良いですよね。』と、しばしば言われました。正確には、私の肩書は『代表取締役』で、『社長』は付かないのですが、皆さん、親しみを込めて『社長』と呼んでくれるので、それでも良いかなと。で、ブログのタイトルも、『社長ブログ』としました。ところで、皆さん、『運が良い』と言われると、少し馬鹿にされた気分になりません?結果は出てるけど、『実力はない』って言われているみたいで。私も最初はそう感じたんです。製造業の社長なのに、経理・総務畑出身で、技術・製造・営業の経験ゼロ。この人、ビジネスについては何も分かっていないと思われたって、仕方のない状態でしたけれどね。

実際は、『運が良い』って、最上級の褒め言葉なんだそうです。その出入りの業者さん曰く、『あの社長は運が良いと思われると、自然と周りに人が集まって、商売の話も舞い込んで来るでしょ?運の悪い社長の周りに集まろうなんて人、誰も居ませんよ』と。欲しくても手に入らない能力なんだと。成程、物は考えようで、確かにその通りだと思いましたね。

ラッキーな社長で何が悪い?確かに、自分はラッキーだと感じた経験も多々あるので、いずれご紹介させて頂こうと思っています。そう言えば、今年はまだ、おみくじを引いていなかったです。今度、引きに行こうかな。

※一部、誤字・脱字がありましたので、修正致しました。

大宮っ子の年末年始③

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。1968年生まれの私の体は、2/5の昭和と3/5の平成で出来ています。大宮から上尾に越してきたのが1998年ですから、3/5は大宮、2/5は上尾で出来ているとも言えます。

年末年始、大宮はお祭り騒ぎとお伝えしましたが、お隣りの上尾は全く違って、駅前で行われる夏祭りが、大変な賑わいを見せます。駅周辺 8つの町の神輿が集結して行われる、『神輿御渡』は壮観。担ぎ手の圧倒的なエネルギーに驚かされた初体験は、もう20年も前の話なんですね。弊社の本社工場の在る伊奈町は、その上尾市の東隣り。祭りで担ぐ神輿が、志久という地区の1台しか無かったとのことで、地域の若手メンバー(田舎なので若手と言っても若くないのですが…)が協力し、昨年、新たな1台が完成しました。夏祭りまでには、我々の提灯も飾り付けてもらう予定です。

さて、『大宮っ子』の私が上尾に越して、忘れられない年末年始の一つが、2008~2009年の年越しですね。総務課長に過ぎなかった私が、2008年の6月 急遽、代表の座を引き継いで、その後はまさにジェットコースターでした。ストレスからか、不眠・不整脈に味覚異常と、経験のない体調不良のオンパレード。そんな中、急騰する原材料費を賄うべく、最初にやらなければならなかったのが、お客様との価格交渉です。先輩営業マンの力を借りて、なんとかお客様のご理解を得られたと思った矢先、世界経済を襲ったのがリーマン・ショック。経済活動はピタリと止まり、東京の日比谷公園には、『年越し派遣村』なるものが開設されました。11月~2月くらいだったでしょうか、自宅の近くを走る国道17号には、荷物を積んだトラックの影も疎らで、『ガタゴト ガタゴト』、いつもと違う貨物の響きに、高崎線を列車が運ぶ積み荷の量も、極めて少ないであろうと、聞いて想像つく訳です。

物流が止まって、世界が凍りついた年末年始。今でも忘れません。もう10年も前の話なんですね。

 

 

大宮っ子の年末年始②

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。大宮生まれの大宮育ちの私にとって、初詣と言えば子供の頃から、氷川神社と決まっていました。氷川神社には、さいたま新都心駅から続く『氷川参道』とは別に、『裏参道』というもう一つの参道が在るのをご存知でしょうか?私は『裏参道』側に住んでいましたので、私にとってはこちらが表玄関。参拝する際は、いつも人混みを避けることが出来ました。大宮駅の東口から東武バスに乗ると、旧中山道沿いに、『裏参道』というバス停が在りますので、一度使ってみて下さい。

さて、『裏参道』の一つ手前に、『宮町四丁目』というバス停が在ります。駅から北に向かって大宮東口の繁華街を抜け、一部の方には有名な(?)風俗街、『北銀座』をちょっと過ぎた辺り。路地の入り組んだ一角、今は駐車場になっていますが、そこが、私たちの原点とも言うべき、岩井製作所の創業の地です。㈱昭和技研工業設立で、父 岩井正美が新製品の研究開発を進めたのも、この場所です。ま、場所が場所だけに、夜な夜な私の父が界隈に出没したとかしないとかで、『岩井君って、あの岩井さんの息子さんなんだって?』と、近所の中華料理屋のオジさんに冷かされたのも、今や昔の話。当時、実際には何をしていたかって?それは私に聞かないで下さい(苦笑)。

私たちの第二創業は、父 岩井正美の爆発なエネルギーなしには、達成し得なかったと思います。アイディアマンで、誰からも嫌われない優しい性格。ジョイントメーカーとしては後発で、物真似からの見切り発車でしたが、素晴らしい仲間に恵まれて、いくつもの大きな危機を乗り越えてきました。引退後、父は一度も会長を名乗っていません。体調を崩し代表を退くことになった11年前、権力の二重構造による社内対立を心配した私の提案を、快く受け入れてくれたのです。それは仕事一本だった父にとって、大きな決断だったのではないでしょうか。

そんな父も、今年で80歳になります。足腰も弱り、随分歳を取りましたが、二代目 岩井正美は、監査役として、今も私たちの仕事を優しく見守ってくれています。面と向かってはなかなか言えないけど、親父、いつもありがとう。

 

大宮っ子の年末年始①

あけましておめでとうございます。㈱昭和技研工業の岩井です。1月6日 会社を代表し、神田明神にてご祈祷を受けて参ります。昇殿は今年が2回目。当日は、当社の商売繁盛と社運隆昌、それから、読者の皆さんの無病息災と開運招福もお祈りして参ります。神田明神と言えば商売の神様で、そのシステムも最先端。こういう予約申し込みもすべてネットです。11月1日に受付をスタート、神田明神の公式サイトにアクセスして、必要事項を入力してポチッとすると、受付完了を知らせるメールが届きます。受付票は印刷する必要がなく、当日もスマホをかざすだけでOK。来年辺り、初穂料がQRコードでキャッシュレス決済、なんてことも有るかも知れませんよ。

武蔵野国一宮氷川神社の地元、埼玉県の大宮 (現さいたま市) に生まれ育ったせいか、祖父とは違って、私は意外と好きなんですよね、こういうの。子供の頃のお祭りと言えば、神輿を担ぐ夏祭りではなく、12月に氷川神社で行われる『十日市 (大湯祭) 』。全長約2km、日本一長いという参道にはぎっしりと露店が並び、酉の市で熊手を買い求める参拝客でごった返します。商談が成立すると、威勢の良い掛け声と共に三本締めが境内に響き渡り、翌年の商売繁盛を願う訳です。クリスマスを挟んで次に来る大きなイベントが、お正月三が日の氷川神社への初詣で、こちらもお祭り気分。多分これは私だけの話じゃなくて、『大宮っ子』は皆、12月に入ると気分がワサワサしたものなんです。

会社の事業年度で言うと、弊社はちょっと変則で6月に新年を迎えます。今年度も残すところ5ヶ月弱。さて、達磨にもう一つ目を入れる数字に届くかどうか?もうひと踏ん張りです。今年もチーム一丸頑張りますので、応援よろしくお願いいたします。

※写真の御札と熊手は、昨年のモノです。

※一部、誤りや読みづらい部分がありましたので、修正致しました。