社長の古代史考察2026 ⑪
こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。稲荷山古墳の鉄剣発見により、『ワカタケル大王=倭王武』と比定される第21代天皇の『雄略天皇』は、考古学的に実在したと有力視される天皇の一人です。近年は纏向遺跡の発掘調査が進んだことで、真の『御肇国天皇(ㇵツクニシラススメラミコト)=初代天皇』として、第10代『崇神天皇』の名前を挙げる方も増えたと思います。そんな中で、存在したことが確定的と考えられてきた第26代『継体天皇』の経歴すら、ローマ皇帝『テオドシウス大帝』からの “借り物” である可能性を指摘している訳ですから、保守派の皆さんのみならず進歩的知識人の方々から見ても、これは荒唐無稽な “トンデモ論” ですよねぇ(苦笑)。では第25代『武烈天皇』から世代を遡り、続きを探って行きましょう。
“断絶” の『㉕武烈天皇=グラティアヌス』の父親、『㉓顕宗天皇=ヴァレンス』は『㉔仁賢天皇=ヴァレンティニアヌス1世』の弟で、即位の順番こそ日本とローマで入れ替わりますが、”雌伏” の時代を過ごした 2兄弟としての共通点が存在します。『㉒清寧天皇=ヨウィアヌス』は “中継ぎ”、『⑳安康天皇=ガッルス(副帝)』と『㉑雄略天皇=ユリアヌス』も、日羅に於いて共に兄弟です。日本に於いては皇后の連れ子の、ローマに於いては正帝の怒りを買って、”誅殺” されるのが兄『安康天皇=ガッルス』、日本では『大悪天皇』の異名を持ち、残虐な性格で知られる弟『雄略天皇=ユリアヌス』は、ローマではキリスト教の背教者として、後世の歴史家によって “悪魔” の評価を受けています。
更に その前の君主たちは “だんご 3兄弟”、長男『⑰履中天皇=コンスタンティヌス2世』、次男『⑱反正天皇=コンスタンティウス2世』、三男『⑲允恭天皇=コンスタンティンス』と、日羅でピタリ一致します。共通の敵である『住吉仲皇子=クリスプス』を排除した後、ローマでは西・中・東と帝国を 3つに分けて分割統治、日本に於いては順番に皇位を継承しますが、『⑰磐余(イワレ)』『⑱丹比(タジヒ)』『⑲遠飛鳥(トオツアスカ)』の 3ヶ所に、それぞれ拠点を置いた点でもソックリなのです!
正に芋づる式!!記紀に於ける歴史の空白『欠史八代』の正体が、旧約聖書のモーセとダビデを繋ぐ『ヨシュア+7人の大士師(女性預言者デボラを除く)』であることを、発見した際の興奮を思い出します(笑)。ところが どっこい、土壇場で大問題に気付きました。ローマ皇帝の場合は日本の皇室とは異なり、血筋が繋がらないのは止むを得ないところですが、最後に挙げた 3兄弟は『コンスタンティヌス大帝』の実の息子で、日本に置き換えると父親は第15代の『応神天皇』。つまり 3人の実父に当たる “聖帝” 第16代『仁徳天皇』が、すっぽり欠落してしまうのです。『仁徳天皇』は誰なのか?続きは次回。










