社長ブログ

社長はこう読む、古事記・日本書紀④

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。イスラエルの初代国王『サウル』は余程 資質に問題が有ったのか、『欠史八代』のモデルからも外されます(苦笑)。第 2代目のダビデ王こそ “初代” の誉れに相応しいという、記紀編集者からユダヤ教・キリスト教信者の皆さんへのメッセージでしょう、ダビデ王をモデルとする 10代 崇神天皇に『御肇国天皇(ハツクニシラススメラミコト=初めて国を治めた天皇)』という称号が与えられています。なかなか “粋な” ことをしますね!!初代 神武天皇と崇神天皇が 同一人物という意味ではありません。

さて、中世日本に天皇の “人喰い” 伝説を残した『ヨシュア』が、『欠史八代』から1100年余りの時を経て、亡霊の如く再び記紀の世界に現れます。『カナーン人』に該当するのは『饒速日命』の子孫である物部氏。仏教の受入れを巡って蘇我氏と対立し、587年には『物部守屋』が “呪われた民” の末裔として、『蘇我馬子』によって滅ぼされました。その後も『崇峻天皇』を暗殺したり(592年)、『山背大兄王』を自害に追い込んだり(643年)と、『我、蘇る』と名乗る一族の傍若無人振りは、教科書にも書かれているので皆さんご存知の通り。正に『ヨシュア』の再来です。

「えっ?蘇我って『イエス復活』を意味する名前ではなかったのですか?」と突っ込まれそうです(苦笑)。実はイエスと『ヨシュア』は表裏一体。ギリシャ語とヘブライ語読みの違いで同じ名前、つまり『ヨシュア』はイエスの “ダークサイド” なのです。幼少期のイエスの素行の悪さを描く『外典福音書』も有り、「厩戸王は蘇我入鹿のことである」と考える、当説の主張とも合致します。母親を信仰の対象にしない、子供の頃は やんちゃだった、結婚していて娘がいる等、『三位一体説』を受け入れながらもイエスの “人性” を強調する異端のキリスト教徒、ネストリウス派の記紀編纂への関与を強く疑わせる部分です。

なお、強い呪力を持つ『饒速日命』の『十種の神宝(トクサノカンダカラ)』は『神武東征』で紹介されますが、『ノア』が孫の『カナン』にしたような肝心の呪いのシーンは、またしても描かれていません。張り忘れた伏線の回収を読者に強いる、記紀では お馴染みとなった荒技です(苦笑)。

 

社長はこう読む、古事記・日本書紀③

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。第 2代『綏靖天皇』から第 9代『開化天皇』までは『欠史八代』と呼ばれ、実際には存在しなかったと考えられています。記紀は新旧聖書を下敷きとして編纂されたと考える、当ブログの結論から先に申し上げると、『欠史八代』はモーセの後継者『ヨシュア』と、『士師記』に現れる地域の政治的・軍事的指導者『大士師』のうち女性の『デボラ』を除いた 6名に、『サムエル記』の主人公でイスラエルの指導者『サムエル』を加えた、計 8名をモデルとして描かれたと思われます。旧約聖書の流れを意外と忠実に踏襲しているので、『紀年延長(日本の歴史を長く見せる)』を目的に、『欠史八代』が創作された訳ではないことが分かります。

具体的には、『綏靖=ヨシュア』『安寧=オテニエル』『懿徳=エフデ』『孝昭=バラク』『孝安=ギデオン』『孝霊=エフタ』『孝元=サムソン』『開化=サムエル』となります。『神武=モーセ』と『崇神=ダビデ』の間を埋める旧約聖書の元ネタは、彼らの行いが余りにも酷過ぎた所為でしょう、流石の記紀編集者も、天皇家のエピソードとして借用するのを躊躇ったようです。中でも、武力によって約束の地の征服に成功した『ヨシュア』が、”呪われた民”『カナーン人』に見せた残虐非道は目に余るものでした。

不幸にも『ヨシュア』に当て嵌められた『綏靖天皇』には、「人々に平和や安心感をもたらす」という諡号が与えられた一方で、中世に成立した『神道集』という説話集の中に、”食人趣味” という不名誉な伝説が残されす。なんでも朝夕 7人ずつの人間を喰い殺したとか?『ヨシュア』が『カナン』で行った大量虐殺について、その意味が理解できなかった日本人は悩みに悩んだ末、「陛下が美味しく召し上がった。」という解釈に辿り着いたのだろうと思われます(苦笑)。

 

社長はこう読む、古事記・日本書紀②

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。そうは言っても『建御雷之男神』と『天鳥船神』は交渉係の “伝書バト”、『ノア』と呼ぶには役不足と言わざるを得ません。有力候補の『瓊瓊杵尊』は当説では『アブラハム』で確定、しかも舟に乗っている描写が見つからないので選択肢から外します。一体 誰なのかと探していると、『ノア』に相応しい大物を発見しました。

それは『饒速日命(ニギハヤヒノミコト)』、このブログには 2度目の登場です。『瓊瓊杵尊』とは別ルートで地上界に降臨し、後に大和の地を神武天皇に禅譲した天孫族ですね。彼が乗っていた『天磐船(アマノイワフネ)』は、大船団を組んでいたとの話も有り、洪水に見舞われた高天原からの避難民を運んだ、『ノアの方舟』にピッタリです。ここまで『神武東征』『天孫降臨』『国譲り』の順に考察し、それぞれは関連性の薄い個別の逸話だと思っていたのですが、旧約聖書の洪水神話に対応する一連のストーリーが、これほど巧みに記紀に編み込まれているとは、私自身も全く想像していませんでした。

さて、洪水を生き延びた『ノア』、ある日 泥酔した『ノア』は息子『ハム』の行いに激怒して、何故か『ハム』の息子、つまり自身の孫に呪いを掛けます。この逸話は旧約聖書の逸話の中でも、説明のつかない謎とされているそうで、呪われた孫の名前は『カナン』、約束の地の先住民『カナーン人』のご先祖さまです。物語は この後、約束の地を目前に息絶えたモーセ、そこで堕落していくイスラエルの民、そしてイスラエル初代国王の誕生と続いて行きますが、ここにも古代日本の秘密を解く鍵が隠されていました。続きは次回。

※一部、修正しました。

 

社長はこう読む、古事記・日本書紀①

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。出雲の『国譲り』神話と『ノアの方舟』の類似性を指摘する意見も有ります。アマテラスが『建御雷之男神』の前に地上界に送り込んだのは、順に『天之忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)』『天穂日命(アメノホヒノミコト)』『天若日子(アメワカヒコ)』の三柱。彼らが途中で引き返したり大国主に寝返ったりする姿が、波間を漂う『ノア』が方舟から放った伝書バトの、行ったり来たりした末に最後は戻って来なかった様に、ソックリだというのです。

記紀の編集者が旧約聖書の教えに否定的なことを念頭に、このシーンを私なりに解釈すると こんな対比が見えて来ました。未曾有の災禍を前に有効な手段を取れないまま、成り行き任せの正に神頼みで、全生命を絶滅の危機に晒した『ノア』と、事態を打開する為なら実力行使も厭わず、結果的に相手への危害を最小限に抑えながら(『建御名方神』の追放)、子孫の安住の地を確保することに成功したアマテラス。読者は知っていて当然の前提条件として、大洪水に関する記述は ここでも省略されていますが、恐らくは高天原も存亡を懸け非情の決断を迫られる状況、という設定でしょう。

国津神との難民受入交渉は、硬軟 織り交ぜて行われています。最後の切り札として派遣されたのは、剣神『建御雷之男神』だけではありません。随行した神様の名は『天鳥船神(アメノトリフネノカミ)』。『ノア』が意のままに操ることの出来なかった、方舟とハトを組み合わせたような名前を持つ存在を、合意に導く “平和の使者” として物語に登場させるセンスは秀逸、もはや脱帽するしか有りません。

 

謎解きにハマって困った社長⑫

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。『アブラハム』が記紀の世界では誰に置き換えられているか考察する過程に於いて、「『人身御供』を続ける国津神はユダヤ教の影響を受けており、それに終止符を打ったのがキリスト教系新興勢力の天津神である」いう仮説を導き出しました。出雲を舞台とした『国譲り』神話の中に、これを支持する逸話を見つけたので紹介したいと思います。

高天原から派遣された『建御雷之男神(タケミカヅチノカミ)』との、戦いに破れた国津神『大国主命(オオクニヌシノミコト)』の息子『建御名方神(タケミナカタノカミ)』が、逃れた先は出雲から遠く離れた長野県諏訪地方。この地では『イサクの燔祭』を受け継ぐと言われる奇祭、『御頭祭』が今でも執り行われています。

『モリヤの山』で神のお告げを受けるシーンと、ソックリな場面を演じるのは、諏訪大社の神官と 8歳くらいの子役。『イサク』の替わりに神に捧げられる75頭の鹿が、剥製で代用されるようになったのは明治以降のことだそうです。諏訪湖の南に横たわる山の名が『守屋山』で、諏訪大社の主祭神として祀られるのが『建御名方神』ですから、これを偶然の一致と言うには無理が有ります。

『国譲り』神話は弥生時代に日本を支配したユダヤ教勢力が、古墳時代に渡来したキリスト教勢力に主導権を明け渡した歴史を、映し出しているとも考えられそうです。調査を続けますので、続きをお楽しみに!!

 

謎解きにハマって困った社長⑪

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。『瓊瓊杵尊』のモデルは『アブラハム』なのか?『ヤコブ』なのか?原典となる『天皇紀(当説では、異端のキリスト教徒としてローマ帝国を追われた、秦氏が日本に持ち込んだ漢文訳の新旧聖書)』が失われたことで、記紀の編者たちの中にも混乱が有ったのではないかと考えています。

その痕跡と見て取れるのが、『神武東征=モーセの出エジプト』説の中で紹介させて頂いた、神武天皇の異称の一つの『彦火火出見命』。燃え盛る炎の中に唯一神ヤハウェの姿を見たモーセと、ピタリ一致する名前です。その『彦火火出見命』という異称を持つ天孫族がもう一人いて、それが山幸彦こと『火遠理命(ホオリノミコト)』。神武天皇の祖父に当たり、『彦火火出見命』と言えば世間一般では、『火遠理命』を指すケースの方が多いようです。

この二人の『彦火火出見命』の 2世代のズレこそ、祖父と孫の関係に在る『アブラハム』と『ヤコブ』に由来していると考えます。『レビ族』のモーセは『ヤコブ』の玄孫に当たります。両者の系図を一致させるには、『瓊瓊杵尊』を『アブラハム』とすれば『火遠理命』が『彦火火出見命』となり、『瓊瓊杵尊』を『ヤコブ』とすれば神武天皇が『彦火火出見命』となるのです。原典を失い真偽を確認できなくなった、記紀の編集者たちの取った苦肉の策が “両論併記”、これが山幸彦と神武天皇に同じ名前を与えた理由に違いありません。

 

謎解きにハマって困った社長⑩

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。所謂『日ユ同祖論』者の間で、『瓊瓊杵尊』との類似性が指摘されることが多いのは、前回 私の取り上げた『アブラハム』ではなく、イスラエルの祖とされる『ヤコブ(アブラハムの孫)』だそうで、この説ではモーセの後継者『ヨシュア』を神武天皇と考えます。では、息子を神に捧げた『アブラハム』に当たるのは誰なのか?『ヤコブ=瓊瓊杵尊』説に従って系譜を 2世代遡ってみると、記紀の中に もう一つの『人身御供』が見つかりました。

それは、皆さんご存知の『八岐大蛇(ヤマタノオロチ)』伝説。高天原を追われた『須佐之男命(スサノオノミコト)』が、国津神の娘『櫛名田比売(クシナダヒメ)』を救うため『八岐大蛇』を倒し、出雲の国の『人身御供』を終わらせる話です。「『瓊瓊杵尊』の直系のご先祖様は、『須佐之男命』でなく『天照大神』ですよ」と突っ込まれそうです(苦笑)。勿論、私は『アブラハム=瓊瓊杵尊』を支持しますが、『八岐大蛇』伝説に於いても『木花咲耶姫』と同様に、”生け贄” を捧げる風習を持っていたのが国津神サイドであることは、注目に値します。

息子の命を差し出す覚悟を求めるユダヤ教と、イエスの『贖罪』により それ以上の犠牲を求めないキリスト教。そして『人身御供』の伝統を残す国津神と、悪習に終止符を打ちたい天津神。西暦 248年に『卑弥呼』が亡くなった際、殉葬された奴婢の数は100人余りと言われますが、犠牲を伴う埋葬方法はヤマト王権に繋がる天孫族には馴染みません。このように切り分けると、今までのステレオタイプ化された『日ユ同祖論』では、見えなかった世界が見えて来るかも知れませんね。

※事実誤認が有りましたので、ここに修正しお詫び申し上げます。

 

謎解きにハマって困った社長⑨

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。今までの流れから考えて、キリスト教・ユダヤ教、そしてイスラム教の祖である『アブラハム』をモデルとした人物が、記紀の中に描かれていないとしたら不自然です。『アブラハム』最大の見せ場と言えば、自らの信仰心の強さを証明する為に、息子の『イサク』を “生け贄” として神に差し出すシーン。記紀の中に『人身御供』を連想させるシーンを探すと、『天孫降臨』の場面に一つ見つかりました。

天津神の『瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)』は、国津神の娘である『木花咲耶姫(コノハナサクヤビメ)』に一目惚れ。ところが、結婚した途端「身籠ったのは国津神の子」と妻を疑い、『木花咲耶姫』が取った行動が産屋に火を放つこと。我が身・我が子の命を賭して、自らの潔白を証明して見せた訳です。『木花咲耶姫』は無事に『海幸彦』と『山幸彦』を出産。”釣り針” を巡る兄弟喧嘩の末に二人は和解し、弟・『山幸彦』の血筋が皇統へ続き、兄・『海幸彦』の流れは『隼人』となって、ヤマト王権に服属して行くことになります。

では登場人物を比べてみましょう。『アブラハム』の美しい嫁『サラ』と女奴隷『ハガル』に、『木花咲耶姫』と容姿に恵まれなかった姉『石長比売(イワナガヒメ)』。何となく似ています。『サラ』の息子『イサク』と『ハガル』の息子『イシュマエル』。この異母兄弟の関係は その子孫たちにも引き継がれ、イスラエルとアラブ対立の起点になっているとも言われていて、『山幸彦』と『海幸彦』が序列を決め、後世の争いの火種となるのを避けたのとは対照的です。

余談ですが、エジプト滞在中の身の安全を図る為、『アブラハム』は『サラ』を妹と偽って、ファラオの妃候補として宮廷に送り込んでいます。気付きましたか?『天孫降臨』の舞台でもある日向が、エジプトを指すことは以前お伝えした通り。つまり、記紀で『瓊瓊杵尊』が『木花咲耶姫』に疑いを掛ける場面、原典の参照部分に書かれている内容を知っていて初めて、本当の面白みが分かる仕掛けに なっているのです。

 

謎解きにハマって困った社長⑧

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。645年の『乙巳の変』で失われたとされる『天皇紀』は、異端としてローマ帝国を追われた秦氏が日本に持ち込んだ、漢文訳の新・旧聖書だったに違いありません。モーセ・ダビデ・マリア・イエスの名は それぞれ、神武・崇神・神功・応神と翻訳されていたことでしょう。宇佐神宮の中央に鎮座する謎の姫神や、『我、蘇る』と名乗った豪族の栄枯盛衰など、世界史のタブーや日本古代史の秘密を解く鍵が、そこに隠されていたと想像すると、もう興奮が止まりませんね(笑)。

さて余談になりますが、ネタに困った記紀の編集者が聖書の次に頼ったのが、インドの説話集、ゴータマ・シッダールタの前世を描く『ジャータカ』と思われます。地獄界・飢餓界・畜生界・修羅界・人間界・天上界、どの世界に生まれ変わるかは前世の行い次第という中で、釈迦が輪廻から解脱する為、前世で如何なる善行を積んで来たかが描かれています。その『ジャータカ』の中に “ウサギの布施” の話が有ります。飢えた老僧への施しを探せなかったウサギが、自らを食糧として差し出し焚火に飛び込む話。手塚治虫先生の『ブッダ』の冒頭にも このシーンが描かれているので、ご存知の方も多いでしょう。

この説話に影響を受けていると思われるのが、仁徳天皇の皇位継承に纏わる兄弟愛、皇太子として父・応神天皇の寵愛を受けた『菟道稚朗子(ウジノワキイラッコ)』が、異母兄の『大鷦鷯尊(オオサギノミコト)=仁徳天皇』に天皇の座を譲るべく、自らの命を犠牲にするという お話です。『菟道稚朗子』の『菟』は『兎(ウサギ)』の旧字体で、仁徳天皇は「神兎が正しい道へ導いた」つまり、お釈迦様により選ばれた『聖帝』となる訳です。『八百万の神々』の国は、これだから面白い!!

 

謎解きにハマって困った社長⑦

こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。豊前国一之宮、宇佐神宮の勅使門の3つの参拝所の中心に祀られるのは、主祭神の八幡大神(応神天皇)ではありません。それは『比売大神(ヒメオオカミ)』。公式な見解では『宗像三女神』とされていますが、その正体は謎に包まれています。歴史的神託事件の舞台であることから、時に天照大御神と同一視されることもある、邪馬台国の女王『卑弥呼』を指すとの説も有り、『邪馬台国北九州説』の根拠の一つとされています。

ここで「秦氏が創建に関わる宇佐八幡宮の “真の” 主祭神、つまり神託の声の主は唯一神『ヤハウェ』である」とする立場から、私なりの謎解きを展開させて頂きましょう。宇佐神宮の『比売大神』の正体、それはズバリ、聖書の世界から抹消された謎の聖女『サラ』です。持論によると、八幡神は石棺から奇跡の復活を遂げたイエス・キリストで、ネストリウス派の秦氏(聖母マリア信仰はNG)にとって、神功皇后は石棺(≒鎮懐石)の封印を解いたマグダラのマリア。夫婦である二柱の間に鎮座するのに相応しい “姫神” と言えば、そうです、『ダ・ビンチ・コード』にも描かれるイエス・キリストとマグダラのマリアの愛娘、『サラ』以外には考えられないのです。

ローマ帝国は中国の史書に『大秦』と記されています。『秦』の始皇帝の末裔とも言われる秦氏ですが、彼らがニケーア公会議(325年)やエフィソス公会議(431年)で『大秦』を追われた異端の民だったと考えると、色々と辻褄が合ってきます。所謂『聖杯の一族』の伝承が残される南仏に潜んだ一部を除き、多くはヨーロッパ・小アジアを逃れ、シルクロードを経由して遥か極東の島国に辿り着いた人々が、『聖杯の一族』の秘密を暗号化して宇佐神宮の中に隠し続けて来たという訳ですね。