社長の古代史考察2026 ⑳
こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。旧約聖書の記述とは異なり、『高天原=楽園』を追われた『須佐之男命=カイン』に対し、『大宜都比売(オオゲツヒメ)=仔羊』という生贄を、神に捧げるチャンスを与えたことからも分かるように、『稗田阿礼=持統天皇』の暗誦した古事記は、『須佐之男命=文武天皇』を救済すべき存在として描いています。持統天皇が『三貴子』と名付けた孫 3人の中で、最も出来の悪かったのが『草壁皇子=モアブ人』唯一の男系男子、文武天皇だったということでしょう(苦笑)。
藤原氏が始祖の不比等を救世主と位置付けたように、古代から近代に至るまで日本の歴史は、「誰を救世主とするか」を巡る争いの連続だったと言えます。救世主として世間一般で最もよく知られているのは、イエス・キリストと馬小屋で生まれたという共通点を持つ、『厩戸王』の『太子信仰』でしょう。伊勢神宮と並ぶ『二所宗廟』の一角、宇佐神宮に祀られる『八幡神=応神天皇』も、救世主として日本の歴史を大きく動かして来た一柱。平安末期の最高権力者である『後白河法皇』は、周囲から『熊野権現=家津御子大神(イエス・キリスト)』の化身と囁かれました。この辺りについては、今回の謎解きとは直接的な関係は無さそうなので多くを触れないことし、ここでは『三貴子』の序列に焦点を絞って話を進めさせて頂きます。
須佐之男命を救世主と考える勢力にも幾つかの系統が在って、持統系・物部系・出雲系・熊野系の 4つ(後に『牛頭天王=須佐之男命』を信仰の対象に加えた、藤原系もカウントするならば、合計で 5つ)に分類できると思います。当ブログの主張する、『饒速日命』は須佐之男命の魂の転生であり、『神武天皇』に先んじて大和を治めた天孫族であるという点は、全てのグループの共通認識。異なる点は、持統系が記紀神話に於いて『饒速日命』の出自を隠したのに対し、物部系は『先代旧事本紀』の中で、『饒速日命』と天照大御神の孫『天火明命』が同一神であることを、明確にしているところでしょう。太陽神として生まれ変わった須佐之男命こそ、『日ノ本国』の正統な支配者であるという訳ですね。 出雲系と熊野系も基本的には、同じ考え方を踏襲していると思います。
結果として “天照神” は しばしば男神とされる訳ですが、物部系・出雲系・熊野系の違いを当ブログ的に言うと、『(天照国照彦天火明櫛玉)饒速日尊=ノア』を祖神とする物部氏・尾張氏・海部氏に、救世主の血統が受け継がれたと考えるのが物部系、初代天皇『神武天皇』とは、『須佐之男命=太陽神・アポローン』の(義理の)息子、『大国主命=龍蛇神・アスクレピオス』のことであり、皇統は国津神の血筋であると考えるのが出雲系、末法の世に入り、須佐之男命の魂は救世主『家津御子大神=阿弥陀如来』として、再臨すると考えていたのが熊野系です。










