社長の古代史考察⑲
こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。文武天皇即位のタイミングに合せ建立された薬師寺。そこに祀られる薬師三尊像は、太陽神『日光菩薩』と月神『月光菩薩』が、現世に於ける救いの神『薬師如来』を仰ぐ構成で、『文武天皇=須佐之男命(薬師如来)』を中心に据え、『元正天皇=天照大御神』『吉備内親王=月読命』の 2人が脇を固めるという、持統天皇の政権構想を反映しているのは明らかです。記紀に於ける『三貴子』の物語も本来は、文武天皇を “救世主=イエス・キリスト” として神格化する為の、プロパガンダ装置の一部として用意された物だったというのが、当ブログが辿り着いた現時点での結論です。
文武天皇の早世により、持統天皇の努力の全てが水泡に帰すと、古事記(西暦 712年)では語られなかった『蛇』と『金星』の、負の側面が日本書紀(西暦 720年)には書き加えられ、『須佐之男命=太白(大将軍)』は救われることのない “悪魔” として貶められる一方で、聖武天皇が建立した東大寺の毘盧遮那仏(西暦 752年)が、後に太陽神『大日如来』と位置付けられるなど、脇役だった筈の『天照大御神』は鎮護国家の中心、皇祖神へと崇められて行くのです。
記紀の内容が改竄されているとするならば、それには時の権力者である藤原不比等が深く関与しているだろうというのが、最近の古代史マニアに広く浸透した考え方です。なるほど確かに『イエス天使論』の藤原氏が、”救世主=イエス・キリスト” のポジションを手に入れるため、画策したのは間違いないと思いますが、神性を示す上で最も重要な『受胎告知』の場面がカットされるなど、記紀神話の範囲では大幅な譲歩を強いられているのも事実です。
持統天皇の書き上げたシナリオを、あらぬ方向に ねじ曲げたのは一体 何者なのか?宗教的動機からなのか、それとも政治的権力闘争によるものなのか?2026年に予定している投稿も残すところ僅かになりましたが、日本の長い歴史に於いて触れてはならないタブー、謎の核心部分に迫りたいと思いますので、お楽しみに!



















